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大阪高等裁判所 平成11年(う)1332号 判決 2000年5月16日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人針谷紘一作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官松田成作成の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  事実誤認ないし法令適用の誤りの主張について

論旨は、原判決は、被告人が株式会社a所有の原判示宅地(以下「本件土地」という。)を転貸や屋台以外の建築が禁止されているものであることを知りながら、所有者の承諾を得ないまま使用借人のCからの転借人であったDから更に転借した上、本件土地上にその当時あったテント小屋を利用して風俗店舗用の建築物を建築して風俗店を営むことを目的とし、仮に本件土地の所有者から立ち退きを求められたときは立退料を得ることも考えて、木造トタン葺平家建建物一棟(以下「本件店舗」という。)を建築して本件土地を不法に占拠し、侵奪した旨認定しているが、被告人には右のような不動産侵奪の故意や不法領得の意思はなく、また、被告人が本件店舗を建築した行為は客観的に見て侵奪にも当たらないから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり、ひいては、刑法二三五条の二に関する解釈、適用の誤りもある。というのである。

そこで、記録を調査して検討すると、原判決がその掲げる証拠により、被告人に対し原判示不動産侵奪の事実を認定した上、同罪の成立を認めたのは正当であり、また、その「事実認定の補足説明」の項で説示するところも相当として是認できるのであって、当審における事実取調べの結果によっても、右の認定、判断は動かない。以下、所論にかんがみ若干付言する。

まず、所論は、被告人は、本件土地を転借するに当たり、Dから、同土地の転貸借や屋台以外の建物の建築が所有者によって禁止されていることの説明など受けてはおらず、その際、Dが「ほんまは、この土地は又貸しができまへんねん。」と被告人に話したのは、これによって、所有者から転貸借が禁止されていることや、その承諾を得られないことを法的に説明しようとしたものではなく、DがCから「やくざ者を入れたらあかん。」と厳しく言われていたため、暴力団組員である被告人に転貸していることをCには内緒にしたいと考えて、被告人にその協力を求めようとしたものである、また、もし真実、被告人がDから本件土地上に屋台以外の建物を建てられないとの説明を受けていたのであれば、屋台とは別の商売をしようと思っていた被告人は本件土地を借りてもいないはずである、と主張する。しかしながら、被告人とDとの交渉の経過の中で、同人が被告人に所有者から本件土地の転貸借が禁止されている旨説明したことは、D、K及びHら複数の関係者がその検察官又は警察官調書(検察官原審証拠請求番号一二、一三、一五、一六、三〇)で一致して供述し、また、Dが被告人に所有者から本件土地に屋台以外の建物の建築が禁止されていることを説明したことについても、D及びKがその検察官調書(同一三、一六)で一致して供述するところであって、これらの供述が内容的に不自然ともいえず、その信用性が十分認められる。そして、D、K及びHの右調書によると、同人らはいずれも、所有者が本件土地の転貸借を禁止している趣旨で説明し、あるいは、その説明を聞いていること、Hの警察官調書(同三〇)によると、同人が被告人とDとの交渉に同席した際、「又貸しができんかったら、店舗建てるのに金をつこたわ、所有者からは出ていけ言われたら困るがな。」との発言をしていること、G(同三一)の警察官調書によると、同人が被告人から「b組のDから又貸ししてもろたんやけど、地主からは又貸しあかんと言われてるらしいけどな。」という話を聞いていることがそれぞれ認められ、これらの諸点に照らすと、被告人としても、Dから前記説明を受けた際、その転貸借を禁止していた主体がCではなく土地所有者のことであるとの認識を持ったことは明らかである。また、被告人は、右のとおり転貸借を禁止している所有者の存在を無視して、Dから本件土地を転借しようとしているのであるから、所有者が屋台以外の建物の建築を禁止していることが、本件土地を転借するに当たって大きな障害になるものとも考えられない。したがって、右の所論は採用できない。

所論はまた、原判決が、被告人に不動産侵奪の故意及び不法領得の意思を認定した理由の一つに被告人が立ち退き料を得る目的も有していたことを指摘し、その主な根拠として、「Dが『でも建物を建てたもん勝ちですよ。』と言ったのを受けて、被告人が『建ててしもうたら建ててしもうたで、後はどうにでもなるやろ。』と言った。」とか、「暴力団事務所で、Hが『早急にうわもの建てなはれ。一日でもはよう店を営業することですわ。そうすれば立ち退く際に銭もうけできまっせ。』と言ったのに対し、被告人が『Dにも同じように言われとんのや。』と答えた。」などと述べるKの検察官調書(同一五、一六)を掲げているが、Dは、本件土地を一時使用しているCのことを賃借人と思って、同人から転貸と受けていたものであるから、被告人に「建物を建てたもん勝ちですよ。」と唆すなど、暴力団の兄貴分でもあるCの意向を全く無視した直接の賃借人のような振る舞いをするはずがなく、したがって、Kの右検察官調書は信用できない、と主張する。しかし、Kの同調書の内容は、被告人以外の暴力団幹部の名前まで挙げて、具体的に供述しているもので、しかも、被告人が所有者に無断で本件土地を転借し、多額の資金を投下しようとしている状況にもよく合致しており、その信用性は十分に認められる。また、関係証拠によると、Dは、Cから、所有者から転貸を禁止されている旨の説明を受けた上、「又貸しはあかん。やくざ者を入れたらあかん。」と厳しく言われていたことが認められ、既にCの右意向を無視して暴力団組員である被告人に本件土地を貸そうとしていたものであるから、被告人に建物の建築を唆したとしても何ら不自然なことともいえず、この点からKの検察官調書の信用性を論難する右の所論は採用できない。

さらに、所論は、Cが設置したテント小屋を改造して内装を施したにすぎない本件店舗は、堅固で半永久的なものとはいえないし、撤去の容易さも、元のテント小屋とあまり変わりがなく、したがって、「本件店舗は、元のテント小屋に比べて、相当に撤去が困難な建物へとその構造が大きく変わった。」とする原判決はその評価を誤っている。と主張する。しかしながら、関係証拠によると、本件店舗は、原判決の認定、説示するとおりの経過で、Cの設置したテント小屋を改造して建築されたものであるところ、鉄パイプの支柱、トタン屋根こそはテント小屋のものを利用しているが、新たに、内壁、床、天井、部屋の間仕切りを設けて内部に箱型の構造を形成し、これらによって支柱で屋根を支えただけであったテント小屋とは比べものにならないくらい構造上の補強がなされている上、そのための多量の木材等が本件土地上に搬入されてもいるのであって、本件店舗が堅固かつ半永久的なものとはいえないとしても、元のテント小屋からは、その撤去の困難さが格段に増しているものと認められる。したがって、原判決が、本件店舗は元のテント小屋に比べて、相当に撤去が困難な建物へとその構造が大きく変わったと評価している点に、何ら誤りはない。この所論もまた採用できない。

その他、所論にかんがみ更に記録を検討しても、原判決には所論のような事実誤認や法令適用の誤りは認められない。論旨は理由がない。

二  量刑不当の主張について

論旨は、原判決の量刑が重過ぎる。というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討すると、本件は、暴力団組員である被告人が、無断転貸を受けた土地上のテント小屋を改造して風俗店舗を建築し、もって、右土地を不法に占拠してこれを侵奪したという事案であるが、原判決もその「量刑事情」の項で説示するように、右犯行の動機、態様は悪質である上、大阪市の中心街にある一等地を長期間にわたって不法占有し、所有者や担保権者に多大の損害を加えていること、しかも、被告人にあっては、これまで多数の前科を有し、服役を繰り返してきたもので、規範意識の希薄さもうかがえることなどの諸点に照らすと、その刑責は軽視できないから、他方で、遅まきながら店舗を収去して本件土地を明け渡していること、民事訴訟で敗訴した際、強制執行を受けるまでは立ち退かなくてもよいとの弁護士のアドバイスがあったことが、不法占有を長期化した一因にもなっていることなど、所論指摘の被告人のために酌むべき事情の存することを考慮しても、被告人を懲役一年六月に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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